2026年ミラノ・コルティナダンペッツォ五輪、男子フィギュアスケート。 カナダ代表として舞台に立つのがスティーブン・ゴゴレフ選手です。
185cmというフィギュア界では異例の高身長から繰り出されるダイナミックな演技。かつて13歳で「神童」と呼ばれた少年が、度重なる怪我と成長痛という「空白の数年」を乗り越え、21歳で見事な「完全覚醒」を遂げました。
しかし、彼の素顔は驚くほど多才でユニーク。 五輪直前までトロント大学で政治学の講義を受け、教授に「五輪に行くので試験を欠席させてください」と自ら交渉する現役大学生。
「今やらなければ一生後悔する」 そう語り、背水の陣で挑んだ今シーズン。なぜ彼は突如として世界を驚かせる復活を果たせたのか?
本記事では、スティーブン・ゴゴレフ選手のwiki経歴プロフィール、怪我からの復活・覚醒、その復活を喜ぶSNSの声もを紹介していきます。
スティーブン・ゴゴレフwiki経歴プロフィール
プロフィール
出典:David W. Carmichael - davecskatingphoto.com., CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons
名前:スティーブン・ゴゴレフ(Stephen Gogolev)
生年月日:2004年12月22日(21歳)
出身地:カナダ トロント
国籍:カナダ・ロシア(二重国籍)
身長:185 cm
学歴:カリフォルニア大学アーバイン校→トロント大学へ編入 政治学専攻(在学中)
所属:グラナイト・クラブ(トロント)
趣味:マウンテンバイク、車、テニス、サーフィン
ゴゴレフ選手はは2004年12月22日、オンタリオ州トロントで母イリーナ・ゴゴレワ(Irina Gogoleva)と父イゴール・ゴゴレフ(Igor Gogolev)の間に生まれました。
フィギュア界の「規格外」!異例の185cmと文武両道
スティーブン・ゴゴレフ選手を語る上で欠かせないのが、その圧倒的なスタイルです。フィギュア男子の平均身長が170cm前後とされる中、185cmという長身はまさに「異例」。
長い手足を生かしたダイナミックな演技は、リンクのどこにいても目を引きます。
さらに驚くべきは、彼が現役のトロント大学(政治学専攻)の学生であるという点です。2026年ミラノ五輪のわずか3週間前まで、彼は普通に大学の講義に出席していました。
「五輪に行くので中間試験を受けられません。振替をお願いします」
と、自ら教授にメールで交渉したというエピソードは、彼がいかに地に足のついた「普通の大学生」としての一面を持っているかを物語っています。
ちなみに、大学のクラスメートたちは、彼がカナダ王者だということにほとんど気づいていないそうです。
ゴゴレフ選手が通う「トロント大学」
家族はスポーツエリート
ゴゴレフ選手の類まれな身体能力は、家族譲りでもあります。
- 両親:ともに元体操選手。母親はフィギュアスケートの経験もあり。
- 兄(ピーター):カヤックの競技選手。
ロシアとカナダの二重国籍を持ち、幼少期はロシアで基礎を磨いた後、カナダへと移住しました。
復活から覚醒!185cmの長身で挑むミラノ五輪
スティーブン・ゴゴレフ選手のこれまでの歩みは、まさに「光と影」、そして「不屈の精神」を体現したドラマそのものです。
「羽生結弦超え」の記録を打ち立てた神童時代
出典:David W. Carmichael - davecskatingphoto.com., CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons
スケートの始まり:6歳でロシアのエカテリンブルクにて競技を開始。当初はスキーとの二択でしたがスケートを選択し、幼少期からトリプルジャンプを習得するなど早くから頭角を現しました。
名門クラブでの研鑽:ロシアで活動しながらも、毎年夏にはカナダの名門「トロント・クリケット・スケート・カーリングクラブ」へ通う生活を送り、着実に実力を磨きます。
オーサー氏への師事:カナダ移住後は、羽生結弦選手らを育てたブライアン・オーサー氏やリー・バーケル氏に師事し、世界へと羽ばたく「神童」としての土台を築き上げました。
ブライアン・オーサー氏と羽生結弦選手
出典:David W. Carmichael, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons
ゴゴレフ選手が世界に衝撃を与えたのは、わずか13歳の時でした。
さらに、史上最年少で「4回転ルッツ」を成功させるなど、まさに無敵の「神童」としてフィギュア界の未来を担う存在と目されていました。
185cmへの急成長と、度重なる怪我という試練
しかし、シニア転向を目前にした彼を過酷な試練、「急激な身長の伸び」が襲います。 13歳当時は小柄だった彼ですが、数年で185cmにまで到達。
フィギュアスケーターにとって、数センチの重心の変化はジャンプの感覚を狂わせる死活問題です。
さらに追い打ちをかけるように、右足首の打撲や持病の背中の怪我、そして成長痛が彼を苦しめました。かつてのように跳べない日々。
国際大会や国内選手権での欠場・棄権が続き、「ゴゴレフは終わったのか」という声すら囁かれるほどのどん底を味わいました。
転機となった「トロントへの帰還」と背水の陣
2024年、彼は大きな決断を下します。アメリカ(カリフォルニア)での修行を終え、地元カナダ・トロントへ拠点を戻したのです。
その理由は、「カナダの方が医療サポートや治療、ドクターのケアが手厚く受けられるから」という切実なものでした。
名コーチ、リー・バーケル氏と再タッグを組み、振付師ベノワ・リショー氏と共に作り上げたのは、1930年代のギャングをテーマにした勝負のショートプログラム(SP)。
今やらなければ一生後悔する。五輪に行けなければ、シーズン中の些細なミスすら一生悔やむことになる
そんな強い覚悟で挑んだ2025-2026シーズン、彼はついに眠っていた才能を呼び覚ましました。
突如として現れた「カナダ唯一の代表」
2026年1月、カナダ選手権。ゴゴレフ選手は完璧な演技を披露し、SPで99.60点というハイスコアを叩き出して悲願の初優勝を飾ります。
数年前まで怪我に泣き、リンクから遠ざかっていた男が、カナダ男子シングルで「唯一の五輪代表枠」を勝ち取ってミラノ五輪の舞台に帰ってきたのです。
海外メディアも「一体どこから現れたんだ!」と驚嘆するほどの、文字通りの「完全覚醒」でした。
かつての神童は今、185cmの恵まれた体躯と、苦難を乗り越えた強靭なメンタルを武器に、ミラノの氷上で「人生最高の瞬間」を刻もうとしています。
ゴゴレフの覚醒に喜ぶSNSの声
スティーブン・ゴゴレフ選手の劇的な復活と「完全覚醒」は、日本のフィギュアファンの間でも大きな衝撃と感動を呼んでいます。
SNS上では、ジュニア時代の彼を知る人から、今回の快進撃で初めて彼を知った人まで、多くの熱いコメントが溢れています。
かつて羽生結弦選手と同じクリケット・クラブで練習し、13歳で世界を驚かせた「天才少年」のイメージが強いファンにとって、今回の復活劇は感慨深いものがあるようです。
ゴゴレフってあの子供だったゴゴレフ?だよね?自己ベストおめでとう!(∩´∀`)∩#mitazo #ミラノコルティナ五輪
— ねいさん2.0@株クラ銭湯員サイドFire➡香港迷🚀 (@yale_nathan_usa) February 7, 2026
え?ゴゴレフさんここに来て。えぐい。嬉しい。
— ウミ (@uuuuyu_) February 7, 2026
🇨🇦のゴゴレフ選手はジュニア期はすごい期待されてて、天才少年と言われていたんです。(羽生結弦選手と同じクリケットクラブにいてたこともあり)
— 麗々(らいらい)⛸️ (@1s2u3nny0_day) February 7, 2026
だけど怪我とかでスランプが続いてたのがここにきて大復活してるわけで
長い間、怪我や成長痛によるスランプに苦しみ、一時は表舞台から姿を消していた時期もあっただけに、今の力強いスケーティングに「報われてよかった」と涙するファンも少なくありません。
まとめ:【覚醒】スティーブン・ゴゴレフwiki経歴プロフ!185cmの長身で挑むミラノ五輪
かつてフィギュア界を震撼させた神童、スティーブン・ゴゴレフ選手。
185cmという異例の長身への成長、そして度重なる怪我という過酷な「空白の数年」は、彼をアスリートとして、そして一人の青年として大きく成長させました。
- かつての神童:史上最年少でのJGPファイナル制覇。
- 苦難の時代:成長痛と怪我に泣き、表舞台から遠ざかった数年間。
- 現在の覚醒:拠点をトロントに戻し、21歳で掴み取ったカナダ王者の座。
夢を諦めず、21歳で最高の輝きを放つスティーブン・ゴゴレフ選手の活躍を、みんなで力一杯応援しましょう!




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